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第6章 (ロマ書}

 第二項 キリストによる義の道義的結果。
  第一款 キリストに於る信仰によりて義とせられし人の道義的生活。

1 然さらば我われ等ら何なにをか云いはん、恩おん寵ちょうの溢あふれん事ことを期きして罪つみに止とどまらんか、 2 然しからず、我われ等らは罪つみに死ししたる者ものなれば、爭いかでか尚なほ罪つみに活いくべき。 3 知しらずやキリスト、イエズスに於おいて洗せんせられし我われ等らが、皆みな其その死しに擬ぎして洗せんせられたる事ことを。 4 蓋けだし我われ等らは其その死しに倣ならはん爲ために、洗禮せんれいを以もって彼かれと共ともに葬はうむられたるなり、是これキリストが御おん父ちちの光くわう榮えいを以もって死し者しゃの中うちより復ふく活くわつし給たまひし如ごとく、我われ等らも亦また新あたらしき生せい命めいに歩あゆまん爲ためなり。 5 蓋けだし我われ等らは彼かれに接つがれて其その死しの狀態ありさまに肖似あやかりたれば、其その復ふく活くわつにも亦また肖似あやかるべし。 6 我われ等らの古ふるき人ひとが彼かれと共ともに十じふ字じ架かに釘つけられしは、罪つみの身みを亡ほろぼされて再ふたたび罪つみの奴ど隷れいとならざらん爲ためなる事ことは我われ等ら之これを知しる、 7 死ししたる人ひとは罪つみを脫のがれたればなり。 8 我われ等らは信しんず、我われ等ら若もしキリストと共ともに死ししたらば、亦またキリストと共ともに活いきんと。 9 其そはキリストは死し者しゃの中うちより復ふく活くわつして最も早はや死しし給たまふ事ことなく、死しが更さらに之これを司つかさどる事ことなかるべしと知しればなり。 10 死しせしは罪つみの爲ためにして一度ひとたび死しし給たまひたれど、活いくるは神かみの爲ために活いき給たまふなり。 11 斯かくの如ごとく汝なんぢ等らも己おのれを、罪つみには死ししたる者ものなれども、神かみの爲ためには我わが主しゅキリスト、イエズスに於おいて活いける者ものと思おもへ。
12 故ゆゑに罪つみは汝なんぢ等らを其その諸しょ慾よくに從したがはしむるほど、汝なんぢ等らの死しすべき身みの中うちに王わうたるべからず。 13 尚なほ又また汝なんぢ等らの五ご體たいを不ふ義ぎの武ぶ器きとして罪つみに献ささぐること勿なかれ、却かへって死ししたりしに活いくる者ものとして己おのれを神かみに献ささげ、五ご體たいをも神かみの爲ために義ぎの武ぶ器きとして献ささげよ。 14 其そは汝なんぢ等ら旣すでに律りっ法ぱふの下もとに在あらずして恩おん寵ちょうの下もとに在あるが故ゆゑに、罪つみの汝なんぢ等らを司つかさどる事ことあるまじければなり。
15 然しからば如何いかにすべきか、我われ等らは律りっ法ぱふの下もとに在あらずして恩おん寵ちょうの下もとに在あるが故ゆゑに罪つみを犯をかすべきか、然しからず。 16 知しらずや、汝なんぢ等ら順したがはんとて己おのれを奴ど隷れいとして献ささぐれば、其その順したがふ所ところの者ものの奴ど隷れいとなる事ことを。或あるひは罪つみの奴ど隷れいとして死しに至いたり、或あるひは從じゅう順じゅんの奴ど隷れいとして義ぎに至いたる。 17 然されど神かみに感かん謝しゃす、汝なんぢ等らは罪つみの奴ど隷れいたりしに、交ひき付わたされて學まなびたる敎をしへの法のりに心こころより從したがひ、 18 且かつ罪つみより救すくひはれて義ぎの奴ど隷れいとなりたるなり。 19 我われ汝なんぢ等らの肉にくの弱よわきに對たいして、人ひとの語法いひかたを以もって云いはん、即すなはち汝なんぢ等ら不ふ義ぎの爲ために五ご體たいを不ふ潔けつ不ふ義ぎの奴ど隷れいとして献ささげたりしが如ごとく、今いまは聖せいとならん爲ために五ご體たいを義ぎの奴ど隷れいとして献ささげよ。 20 汝なんぢ等ら罪つみの奴ど隷れいたりし時とき、義ぎに對たいしては自じ由いうの身みなりしが、 21 其その時ときに今いま耻はぢと爲せる事ことを以もって何なんの好かう果くわを得えたりしぞ、即すなはち是これ等らの事ことの終はては死しあるのみ。 22 今いまは旣すでに罪つみより救すくはれて神かみの僕しもべと成なり、其その得うる所ところの好かう果くわは聖せいと成なる事ことにして、其その終はては永えい遠ゑんの生せい命めいなり。 23 蓋けだし罪つみの報はう酬しうは死しなるに、神かみの賜たまものは我わが主しゅイエズス、キリストに由よれる永えい遠ゑんの生せい命めいなり。