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第4章 (ガラチヤ書)

 第三項 律法の下には奴隷なれども信仰によりて自由の身なり。

1 然さて我われは言いはん、世よ嗣つぎは家か督とくの主しゅなりと雖いへども、小せう兒にの間あひだは奴ど隷れいと異ことなる事ことなく、 2 父ちちの定さだめたる時ときまでは、後こう見けん人にん及および治をさ產さん者しゃの下もとに在あり。 3 斯かくの如ごとく、我われ等らも小せう兒にの中うちは世よの小せう學がくの下もとに事つかへつつありき。 4 然されど滿まん期きの時とき至いたりて、神かみは御おん子こを女をんなより生なりたるもの、律りっ法ぱふの下もとに生なりたるものとして遣つかはし給たまへり。 5 是これ律りっ法ぱふの下もとに在ありし人々ひとびとを贖あがなひ、我われ等らをして子ことせらるることを得えしめ給たまはん爲ためなり。 6 斯かくて汝なんぢ等らが子こたるによりて、神かみは、アバ、父ちちよ、と叫さけび給たまへる御おん子この靈れいを、汝なんぢ等らの心こころに遣つかはし給たまへり。 7 然されば最も早はや奴ど隷れいに非あらずして子こたるなり、子こたる上うへは又また神かみによりて世よ嗣つぎたるなり。
8 彼かの時ときには汝なんぢ等ら神かみを知しらず、生せい來らい神かみたらざるものに事つかへて奴ど隷れいたりき。 9 然されど今いまは旣すでに神かみを識しり、而しかも亦また神かみに識しられたるに、如何いかんぞ再ふたたび弱よわく乏とぼしき小せう學がくに返かへりて、更さらに之これに事つかへんとはする。 10 汝なんぢ等らは日ひと月つきと季き節せつと年としとを守まもる。 11 我われ汝なんぢ等らの爲ために氣き遣づかひ、或あるひは汝なんぢ等らの中うちに働はたらきし事ことの無む益えきとならんことを恐おそる。
12 兄きゃう弟だい等たちよ、我われも汝なんぢ等らの如ごとくに成なれば、希こひねがはくは汝なんぢ等ら我わが如ごとくに成なれ。汝なんぢ等らは曾かつて我われを害がいせし事ことなし、 13 却かへって知しれる如ごとく、我わが初はじめ福音ふくいんを汝なんぢ等らに述のべし時とき、身しん體たいの虛きょ弱じゃくを以もってし、其その身しん體たい汝なんぢ等らの試こころとなれるを、 14 卑いやしむ事ことなく嫌きらふ事こともなくして、我われを神かみの使つかひの如ごとく、キリスト、イエズスの如ごとくにさへ承うけたりき。 15 汝なんぢ等らの主しゅ張ちゃうせし福さいはひ何處いづこにかある、我われ汝なんぢ等らの爲ために證しょう明めいす、爲なし得うべくんば汝なんぢ等ら己おのが目めをも抉くじりて我われに與あたへしならん。 16 然されば我われ汝なんぢ等らに眞まことを語かたりて汝なんぢ等らの敵てきとなりたるか、 17 彼かれ人々ひとびとは汝なんぢ等らの爲ために盡じん力りょくすれども、是これ好かう意いに非あらず、己おのが爲ために盡じん力りょくせしめんとて、汝なんぢ等らをして離はなれしめんと欲ほっせるなり。 18 絶たえず善ぜん事じに就つきて盡じん力りょくせらるるは宜よきことながら、我わが汝なんぢ等らの中うちに在ある時ときのみにては足たらざるなり。 19 我わが小せう子しよ、汝なんぢ等らの中うちにキリストの形かたち造づくられ給たまふ迄までは、我われ汝なんぢ等らの爲ために陣ぢん痛つうに遇あへり。 20 望のぞむらくは汝なんぢ等らの中うちに在ありて聲こわ音ねを變かへん事ことを、其そは汝なんぢ等らに就つきて當たう惑わくすればなり。
21 律りっ法ぱふの下もとに在あらんと欲ほっする者ものよ、我われに語かたれ、汝なんぢ等ら律りっ法ぱふを聞ききし事ことなきか、 22 蓋けだし録かきしるして、アブラハムに二人ふたりの子こありしに、一人ひとりは奴ど隷れいの婦をんなよりし、一人ひとりは自じ由いうの身みなる婦をんなよりせり、とあり。 23 奴ど隷れいの婦をんなの子こは肉にくに從したがひて生うまれしに、自じ由いうの身みなる婦をんなの子こは約やく束そくによりて生うまれたり。 24 是これ等らの事ことの言いはれしは前ぜん表ぺうにして、彼かの婦をんなは兩りゃう約やくを斥さす、一いつはシナイ山ざんよりして子こを奴ど隷れいに生うむ、之これ即すなはちアガルなり。 25 蓋けだしシナイ山ざんはアラビアに在ありて、今いまのエルザレムに當あたり、其その子こ等どもと共ともに奴ど隷れいなり。 26 然されど上うへなるエルザレムは自じ由いうの身みにして、之これぞ我われ等らの母ははなる。 27 蓋けだし録かきしるして、「石女うまずめにして生うまざる者ものよ、喜よろこべ、產さんせざる者ものよ、聲こゑを揚あげて呼よはれ、其そは獨ひとり殘のこされたる婦をんなは、夫をっとある者ものよりも子こ多おほければなり」、とあり。
28 兄きゃう弟だい等たちよ、我われ等らはイザアクの如ごとく約やく束そくの子こなり、 29 然さて彼かの時とき肉にくによりて生うまれたりし者ものが、靈れいによれる者ものを迫はく害がいしたりし如ごとく、今いまも尚なほ然しかるなり。 30 然されど聖せい書しょは何なんとか言いへる、「奴ど隷れいの婦をんなと其その子ことを遂おひ拂はらへ、其そは奴ど隷れいの婦をんなの子こは自じ由いうの身みなる婦をんなの子こと共ともに世よ嗣つぎたるべからざればなり」、とあり。 31 然されば兄きゃう弟だい等たちよ、我われ等らは奴ど隷れいの婦をんなの子こに非あらず、自じ由いうの身みなる婦をんなの子こなり、キリストの我われ等らを贖あがなひ給たまへるは自じ由いうの爲ためなり。