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第23章 (ルカ聖福音書)

  第五款 イエズス ピラトの前に出廷し給ふ。

1 斯かくて群ぐん衆しゅう一同いちどうに立たち上あがりて、イエズスをピラトの許もとに引ひき行ゆき、 2 之これを訟うったへて云いひ出いだしけるは、我われ等ら此この人ひとの我わが國こく民みんを惑まどはし、セザルに税ぜいを納をさむる事ことを禁きんじ、己おのれを王わうたるキリストなりと云いへるを認みとめたり、と。 3 ピラトイエズスに問とひて、汝なんぢはユデア人じんの王わうなるか、と云いひしかば、答こたへて、汝なんぢの云いへるが如ごとし、と曰のたまへり。 4 ピラト司し祭さい長ちゃう等らと群ぐん衆しゅうとに向むかひ、我われは此この人ひとに罪つみを認みとめず、と云いひしかど、 5 彼かれ等ら益ますます言いひ張はりて、彼かれはガリレアを始はじめ此この地ちに至いたる迄まで、ユデアの全ぜん國こくに敎をしへつつ、人じん民みんを煽せん動どうす、と云いへり。 6 ピラト ガリレアと聞ききて、此この人ひとはガリレア人じんなるかと問とひ、 7 其そのヘロデが權けん下かの者ものなるを知しるや、彼かれも當たう時じエルザレムに居をりければ、イエズスをヘロデの許もとに送おくれり。
8 ヘロデはイエズスを見みて大おほいに喜よろこべり、是これ曾かつて彼かれに就つきて多おほく聞きく所ところありて、久ひさしく之これに遇あはん事ことを冀こひねがひ、彼かれによりて行おこなはるる不ふ思し議ぎを見みんことを望のぞみ居ゐたればなり。 9 斯かくて多おほくの言ことばを以もって問とひしかど、イエズス何なにをも答こたへ給たまはず、 10 司し祭さい長ちゃう、律法りっぱう學がく士し等ら、傍かたはらに立たちて頻しきりに之これを訟うったへければ、 11 ヘロデ其その兵へい士し等らと共ともに侮ぶ辱じょくを加くはへ、白しろき衣い服ふくを着きせて之これを調な戯ぶり、終つひにピラトに送おくり還かへせり。 12 ヘロデとピラトとは曾かつて相あひ讐しう敵てきたりしが、此この日ひよりして朋ほう友いうとなれり。
13 ピラト、司し祭さい長ちゃうと官くわん吏りと人じん民みんとを呼よび集あつめて 14 云いひけるは、汝なんぢ等ら此この人ひとを、人じん民みんを惑まどはす者ものとして、我われに差さし出いだせり。然しかれども看みよ、我われ之これを汝なんぢ等らの前まへに審しん問もんすれども、汝なんぢ等らの訟うったふる諸しょ件けんに就つきては、毫すこしも之これに罪つみを見み出いださず、 15 ヘロデも亦また然しかり、即すなはち我われ汝なんぢ等らを彼かれの許もとに差さし廻まはしたりしに、死しに當あたるべき何なん等らの處しょ分ぶんもなかりしなり、 16 故ゆゑに我われ懲こらして之これを免ゆるさんとす、と。
17 然さて祭さい日じつに當あたりては一人ひとりを人じん民みんに免ゆるさざるを得えざりければ、 18 群ぐん衆しゅう一同いちどうに叫さけびて、此この人ひとを除のぞきて、我われ等らにバラバを免ゆるせ、と云いへり。 19 バラバとは、市し中ちゅうに起おこりし一いっ揆きと人ひと殺ごろしとの爲ために、監かん獄ごくに入いれられたる者ものなり。 20 ピラトはイエズスを免ゆるさんと欲ほっして、再ふたたび彼かれ等らに語かたりしかども、 21 彼かれ等ら又また叫さけびて、之これを十じふ字じ架かに釘つけよ、十じふ字じ架かに釘つけよ、と云いひ居ゐたり。 22 ピラト三み度たび目めに彼かれ等らに向むかひて、此この人ひと何なんの惡あく事じをか爲なしたる、我われは毫すこしも死し罪ざいを認みとめざれば、懲こらして之これを免ゆるさんとす、と云いひたるに、 23 彼かれ等ら聲こゑ高たかく、頻しきりに十じふ字じ架かに釘つけん事ことを求もとめ、其その聲こゑ愈いよいよ激はげしければ、 24 ピラト彼かれ等らの求もとに應おうぜんと決けっし、 25 其その求もとむる儘ままに、彼かの人ひと殺ごろしと一いっ揆きの爲ために監かん獄ごくに入いれられたる者ものを免ゆるし、イエズスをば、彼かれ等らの意いに任まかせたり。

 第六款 十字架上の犠牲。

26 彼かれ等らイエズスを引ひき行ゆく時とき、田舎ゐなかより來き懸かかれるシモンと云いへるシレネ人じんを執とらへ、强しひてイエズスに後あとに跟つきて十じふ字じ架かを擔になはせたり。 27 然さて夥おびただしき人じん民みん、及およびイエズスの御おん身みの上うへを泣なき唧かこてる婦ふ人じん等ら、其その後あとに從したがひければ、 28 イエズス此この等らを顧かへりみて曰のたまひけるは、エルザレムの女むすめ等らよ、我わが身みの上うへを泣なくこと勿なかれ、己おのれを己おのが子こ等どもとの身みの上うへを泣なけ。 29 看みよ、日ひは將まさに來きたらんとす、其その時とき人々ひとびとは云いはん、石女うまずめなる者もの、未いまだだ產うまざる腹はら、未いまだ哺のませざる乳ち房ぶさは福さいはひなりと、 30 其その時とき又また山やまに向むかひては、我われ等らの上うへに墜おちよと言いひ、岡をかに向むかひては、我われ等らを覆おほへと言いひ出いださん、 31 蓋けだし生なま木きすら斯かく爲せらるれば、枯かれ木きは如何いかにか爲せらるるべき、と。
32 然さて二人ふたりの罪つみ人びと、殺ころさるべきにて、イエズスと共ともに引ひかれつつありしが、 33 髑髏されかうべ(カルヴァリオ)と云いへる處ところに至いたりて、イエズスを十じふ字じ架かに釘つけ、彼かの强盗がうたうをも、一人ひとりは右みぎに、一人ひとりは左ひだりに、磔はりつけにしたり。 34 斯かくてイエズスは、父ちちよ、彼かれ等らは爲なす所ところを知しらざる者ものなれば、之これを赦ゆるし給たまへ、と曰のたまひけるに、彼かれ等らはイエズスの衣い服ふくを分わかちて鬮くじ取とりにせり。 35 人じん民みんは立たちて眺ながめ居ゐたりしが、長かしら等どもは彼かれ等らと共ともにイエズスを嘲あざけりて、彼かれは他た人にんを救すくへり、果はたして神かみより選えらまれたるキリストならば、己おのれを救すくふべし、と云いひ、 36 兵へい卒そつ等らも亦また之これを嘲あざけりつつ、近ちかづきて酢すを差さし出いでし、 37 汝なんぢ若もしユデア人じんの王わうならば己おのれを救すくへ、と云いひ居ゐたり。 38 イエズスの上うへには、ギリシア、ラテン及およびヘブレオの文も字じにて書かきたる罪すて標ふだありて、「是これユデア人じんの王わうなり」とありき。
39 彼かの吊つりられたる强盗がうたうの中うち、一人ひとりは冒ばう瀆とくして、汝なんぢキリストならば、己おのれと我われ等らとを救すくへ、と云いへるに、 40 一人ひとりは答こたへて之これを咎とがめ、汝なんぢは同おなじ刑けい罰ばつを受うけながら、尚なほ神かみを畏おそれざるか、 41 我われ等らは己おのが所爲しわざに當あたる酬むくいを受うくるものなれば當たう然ぜんなれども、此この人ひとは何なんの惡あくをも爲なしたる事ことなし、と云いひて、 42 又またイエズスに向むかひ、主しゅよ、御み國くにに至いたり給たまはん時とき、我われを記き憶おくし給たまへ、と云いひけれは、 43 イエズス曰のたまひけるは、我われ誠まことに汝なんぢに告つぐ、今け日ふ汝なんぢ我われと共ともに樂らく園ゑんに在あるべし、と。
44 時ときは殆ほとんど十二時じなりしが、三時じに至いたるまで、地ち上じゃう徧あまねく暗黑くらやみと成なり、 45 日ひ暗くらみて、神しん殿でんの幕まく中なかより裂さけたり。 46 イエズス聲こゑ高たかく呼よばはりて、父ちちよ、我われ靈れいを御み手てに托たくし奉たてまつる、と曰のたまひしが、斯かく曰のたまひつつ息いき絶たえ給たまへり。
47 百ひゃく夫ふ長ちゃう事ことの顛てん末まつを見みて、神かみに光くわう榮えいを歸きし、實げに此この人ひとは義ぎ人じんなりき、と云いひしが、 48 此この惨さん狀じゃうに立たち會あひて、事ことの次し第だいを見みたる群ぐん衆しゅうも、皆みな己おのが胸むねを打うちつつ歸かへりたり。 49 然されどイエズスの知ち人じん、及およびガリレアより從したがひたりし婦ふ人じん等たちは遥はるかに立たちて事ことの様やうを眺ながめ居ゐたり。
50 折をりしも、議ぎ員ゐんの一人ひとりにユデアの町まちなるアリマラアのヨゼフと名なづくる人ひとあり、義ただしき善ぜん人にんにして、 51 彼かれ等らの決けつ議ぎ及および處しょ分ぶんに同どう意いせず、己おのれも神かみの國くにを待まち居をりしが、 52 ピラトの許もとに至いたりてイエズスの御おん屍しかばねを求もとめ、 53 取とり下おろして布ぬのに包つつみ、石いしを鑿ほり穿うがちて作つくりたる墓はかの、未いまだ誰たれをも葬はうむりし事ことなきに納をさめたり。 54 恰あたかも用よう意い日びにして安息日あんそくじつの曉あかつきなりしが、 55 ガリレアよりイエズスに伴ともなひ來きたりし婦ふ人じん等ら後あとに從したがひて、其その墓はかとイエズスの御おん屍しかばねの置おかれたる狀あり態さまとを見み、 56 歸かへりて香かう料れう及および香かう油ゆを支し度たくせしかと、安息日あんそくじつの間あひだは掟おきてに循したがひて息やすめり。